【おすすめ本紹介】『泣く大人』-江國香織
▼目次
- はじめに
- 作家・江國香織さんとは
- 『泣く大人』をおすすめしたい方・魅力
- ひつじが唸った印象的なことばたち
- まとめ
1.はじめに
今回ご紹介するのは江國香織さんの『泣く大人』です。
風呂場で小説に耽溺する楽しみ、幸福な食べ物、深夜の書店を徘徊すること、心強い友人と過ごすお酒の時間、夫婦、恋人、姉妹、友達―それぞれとの特別な関係…大人にだけ許された贅沢を手のひらで転がすように愉しみ、指からこぼれ落ちるその哀しみと憂鬱さえもいとおしむようにすくいとりながら綴る。日々のこだわりをつややかに、しなやかに描いたエッセイ集。(「BOOK」データベースより)」
2.作家・江國香織さんとは
江國香織
1964年東京生まれ。1987年「草之丞の話」で「小さな童話」大賞。1989年「409ラドクリフ」でフェミナ賞を受賞。以後、坪田譲治文学賞、紫式部文学賞、路傍の石文学賞、山本周五郎賞の受賞。2004年『号泣する準備はできていた』で直木賞を受賞。島清恋愛文学賞、中央公論文芸賞、川端康成文学賞、谷崎潤一郎賞を受賞。
江國さんは数々の文学賞を受賞している小説家、児童文学作家、翻訳家です。
※以下、ひつじの主観が多く含まれております。
ひつじの考えでは、江國さんの右に出る恋愛小説作家はいないと思っています。人の曖昧な感情を繊細に読み取って明文化する感性が際立っているのです。
江國さんは、その場面の登場人物の感情・情景に最もふさわしい日本語を選んでいる、という印象を抱かせるほど丁寧な表現をされます。
感情を一度分解して、無駄を最大限削ぎ、ふさわしい表現を新しく組み立てるかのように、
江國さんの紡ぐ言葉は高い透明度をもっていると思います。
下記は本エッセイから抜粋いたしました。
ゆっくり読みたい小説、というものがある。没頭して一気に読みたい小説が戸外での食事―ワイルドなバーベキュー、幸福なピクニックランチーのようなものだとすれば、ゆっくり読みたい小説は、室内で愉しむお酒やお菓子のようなものだ。
ー「めくるめく猥雑さとスピードで綴られた、スキャンダラスなカポーティの遺作」より
読んでいて、哀しいのに幸福―ハピネスではなく、かすかな日差しのようなもの―を感じられるのは、そのまっすぐさに支えられているからだと思う。
ー「日ざしの匂いの、仄暗い場所」より
ひらがな、漢字の使い方、改行の場所、1つ1つに必ず意味があり、そこには江國さんが表現したいことのすべてが詰まっています。そのこだわりと江國さんの紡ぐ日本語のうつくしさにいつも感動してしまいます。
ちいさく光るそれらが集まることで最高に静謐で情熱をはらんだ小説になっているのです。
江國さんの本を読むと、「愛とは」「幸福とは」といった曖昧で膨大なものが、
少しずつひも解くように、自分の中で確かな感覚になる、そんな体験をすることができるのです。
3.『泣く大人』をおすすめしたい方・ポイント
こんな方におすすめ
- 江國さんの作風を知らないため、なかなか手を出せずにいる方
- 忙しくてじっくり本を読む時間をとれない方
- 江國さんの小説をすでに何度か読んでいる方
ココがおすすめ
エッセイだからこそ、江國ワールドを存分に楽しめる!
『泣く大人』はエッセイ集で以下の4編のつくりになっています。
Ⅰ雨が世界を冷やす夜 (23話)
Ⅱ男友達の部屋 (12話)
Ⅲほしいもののこと (12話)
Ⅳ日ざしの匂いの、仄暗い場所 (8話)
1つ1つのお話が細かく分かれているため、ちょっとした時間にカバンから取り出して読んでみたり…といったことも楽しめます。
江國さんのこだわりや、あらゆるものに対する感じ方や価値観を、
実生活や思い出に沿って読むことができます。
ココがポイント
小説は少し重たい気分、ハードルが高い…と感じる方にも
江國さんのエッセンスを存分に感じでもらうことができます!
4.ひつじが唸った印象的なことばたち
「友達と恋人の違いとは?」あなたならなんと答えますか?
江國さんにいわせれば、男友達と恋人の違いは肉体関係の有無ではありません。
江國さんの場合、恋人以外の異性と2人で行くことがタブーとなるのは、億劫な買い物、真夏の海や遊園地といった行楽地だといいます。
それらの場所に伴う疲弊が問題なのだ。快楽は分けあっていいが、疲弊は分けあってはいけない。
疲弊を分けあう痛みと哀しみ、そしてその結果深まってしまう関係は夫婦の特権だと思っているし、恋人の場合は疲弊を疲弊と感じないので、どこへでかけてもかまわない。
世の中で、寝たか寝ないかが随分重要視されているらしいのは奇妙なことだ。
ー「タブー」より
たしかに、恋人に浮気をされたとして、一番苦しくなるのは体ではなく(もちろん体も許されないが)
心のつながりかもしれません。
忙しい中合間を縫って「その人と一緒に遊びたい」「どこかへ行って思い出を作りたい」というのは、
一時の浮かれる気持ちなどではなく、愛 ではないでしょうか。
苦労も見越したうえで会いたくなる、一緒にいたくなる人は、そのときにはもう自分の中で大きな存在になってしまっている証かもしれません。
私は男の人を、未知で、大きくて、逞しくて、甘えることのできる生き物だと思っています。
でも、私は思うのだけれど、男にとって女は、女にとって男は、元来ファンタジーなのだ。
いつだって、誰だって、生活していくのは大変だもの。たまにはファンタジーに逃避したっていいではないの、と、言いたい。
ー「ファンタジー」より
男の人も、女を、かわいくて、柔らかで、守ってあげたくなる生き物だと思っているかもしれません。
実情はそれぞれどうであろうと、「そういう」イメージを勝手に抱いて勝手に気持ちよくなることはできると思います。
その幻想が溶ける前に、おいしいところだけ味わうように、ファンタジーとは都合よく付き合うのが危なげないかもしれませんね。
当然ではありますが、年をとればとるほど「大人っぽく」「年相応に」あることが求められます(し、自分でもそうあろうと自粛自戒します)。
そうやって背伸びすることで、周囲からよく見られている場合はあると思いますが、恋愛でも果たしてそうなのでしょうか。
ひつじ的には、法的に問題がなく、相当な顰蹙を買わない範囲のことであれば
年齢にとらわれず好き放題、素直に気持ちを表現するのは大切で愛らしいことかと思います。
大人の恋(往々にして、ある程度の距離を保った恋愛関係を指す場合が多いらしい)、などという気恥ずかしい言葉があるが、私はこの言葉が大嫌い。恋愛において、大人っぽくあることなどろくなもんじゃない、と、思っている。そもそも恋愛は大人がするものなのだから、それ以上大人っぽくなって、どうしようというのだろう。
ー「いつもそばにいてくれる男」より
日々十分、大人っぽくあることに応えているのですから、恋愛くらいは許されてもいいのではないでしょうか。
つい先日、電車の中で、雑誌の中吊り広告を見た。中年夫婦の離婚を扱った記事らしく、見出しは「夫婦別床があなたを救う!」と、なっていた。雑誌の広告というものが、多くの人の共感を呼ぶように作られているのだとしたら、この国はとても淋しい方向へ向かっている、とそのとき私は電車の中で思った。とてもまじめに、国を憂いた。
ー「いつもそばにいてくれる男」より
個人の生き方の自由が尊重され、「おひとりさま」も気兼ねなく遊ぶことのできる施設が増えたりと
独身でも1人でも楽しく過ごすことができる時代になりました。
SNSやメディアでは不倫や離婚といったワードが毎日のように行き交い、この世から「おしどり夫婦」の姿なんてものは絶滅しかけている(現実から遠い夢物語の類になった)のではないかと思えてきます。
自分自身の「安定」を保つこともこんなにしんどいというのに、
他人の責任も一緒に背負って人生を共に歩む覚悟をするというのは、なんて難しいことでしょうか。
2017年、ゼクシィのテレビCMで使われたキャッチコピーが大きな反響を呼びました。
「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです」。
自分の幸せを最優先にした結果、みなさんも私も、どんな道を選ぶのでしょうか。
江國さんはすきな男の人に対しては会社にも行ってほしくないし、トイレにも1人では行ってほしくないと思うほど片時も離れず一緒にいたいようです。ただ、1つだけ例外がありました。
床屋だけは別。床屋に行って、髪が短く清々しくなり、いい匂いをさせて帰ってくる男の人と再会する幸福のために、床屋の一時間だけは離れて待っていてあげる。
ー「いつもそばにいてくれる男」より
こちらは共感される方が多いのではないでしょうか…?
さっぱりしてより格好良くなった彼も素敵だし、そんな彼と腕を絡めて隣を歩く自分自身も少し可愛くなれた気がするのはどうしてなのでしょうね。
江國さんの「好きな男の人とは一時も離れたくない理論」は江國さんの周りの友人方には受け入れがたいようです。江國さんからすると周りは、望んでいないふりをしているのだろう、と。
もちろん江國さん自身も、社会生活をする上でその理論を完全に実現させることはできないとわかっていますが、下記のように記しています。
いつもいつも一緒にいてくれることが無理でも、いつもいつも一緒だと思わせることは可能なのに。
ー「いつもそばにいてくれる男」より
…物理的には不可能でも、いつも一緒だと思わせることはできる、と。
相手に対するひとつひとつの所作、心の配り方次第で、そんなふうに安心させてあげることができる、と江國さんは言うのです。
(ひつじ個人としては)たまには別で行動したい時もありますが、
「私と彼は心でつながっている」という確固とした信頼と安心感は、何にもかえがたい幸福を2人に与えてくれると思います。
5.まとめ
江國香織さんのエッセイ集『泣く大人』をご紹介いたしました。
江國さんのエッセンスが凝縮された1冊となっておりますので、ぜひ手に取ってみてください。